個人輸入によるAGA治療が抱える問題は、偽造薬や副作用のリスクだけではありません。それ以上に根本的で、そして危険な問題が、「医師による診断」という、医療の最も基本的なプロセスを省略してしまっている点にあります。薄毛や抜け毛の原因は、AGAだけとは限りません。例えば、フケやかゆみを伴う「脂漏性皮膚炎」や、自己免疫疾患の一種である「円形脱毛症」、あるいは、甲状腺機能の異常や貧血といった、体の内側に潜む「内科的な病気」が、抜け毛の原因となっている可能性も十分にあります。これらの場合、必要となる治療法はAGAとは全く異なり、抗真菌薬やステロ-イド、あるいはホルモン剤や鉄剤の投与など、その原因に応じた専門的なアプローチが求められます。しかし、個人輸入では、これらの可能性を全て無視し、「自分の薄毛はAGAに違いない」という自己判断のみに基づいて、治療を開始してしまいます。もし、本当の原因が別の病気であった場合、AGA治療薬を飲んでも効果がないばかりか、根本的な病気の発見と治療が遅れ、症状を悪化させてしまうことになりかねません。また、たとえ原因がAGAであったとしても、あなた自身の健康状態が、AGA治療薬を安全に服用できる状態にあるかどうかを、誰が判断するのでしょうか。例えば、フィナステリドやデュタステリドは肝臓で代謝されるため、肝機能が低下している人が服用すると、重篤な肝障害を引き起こすリスクがあります。ミノキシジルは心血管系に作用するため、心臓に持病がある人や、血圧に問題がある人は、慎重な判断が必要です。クリニックでは、治療開始前に必ず血液検査などを行い、医師がこれらのリスクを評価した上で、処方の可否を決定します。この、安全性を確保するための重要なプロセスを、個人輸入は全てスキップしてしまいます。医師の診断なき治療は、いわば、羅針盤も海図も持たずに、嵐の海へ一人で漕ぎ出すようなもの。その先にあるのは、回復という港ではなく、予期せぬ健康被害という座礁かもしれないのです。